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近代社会と茶
ひところ飛行機に乗ると、「お茶にしますかコーヒーにしますか」とたずねられたものです。茶とコーヒーは近代の世界を二分する嗜好飲料となりました。茶は近代世界史のなかで大きな政治現象にもなっています。
例えば、ボストン・ティーパーティーという事件をご存じと思いますが、これは茶の関税をめぐって、当時宗主国であったイギリスと植民地であったアメリカとが争い、やがてアメリカの独立戦争のきっかけとなった事件です。あるいはまたアヘン戦争の遠因は茶にあります。イギリスは中国から輸入する茶の代償をアヘンの密輸による銀でおぎなったため、中国社会に大量のアヘンが流入することになりました。これに対する中国と英国の対立が結果としてアヘン戦争を引き起こすことになりました。近代にこれほど茶が重要な意味を持ったのはコーヒーとも共通することですが、カフェインの持つ独特な効果が近代人にとって大きな魅力となったためではないでしょうか。茶はこんにちも心を癒(いや)す飲みものとしてひろく受け入れられています。また飲み方も各地域の文化とマッチして独自の文化が各地で発達しています。
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表千家不審菴:午後の紅茶
ボストン・ティーパーティー
1773年。イギリス東インド会社の船がボストン港に入港した際、積み荷の茶箱が海に投げ捨てられた事件。
宗主国 そうしゅこく
植民地を統治する国家。
独立戦争 どくりつせんそう
1775-83年。
アヘン戦争
1840年。このときの中国は清王朝であった。
Japanese Tea Culture
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