茶の湯は日常の俗世を離れ、ちょうど仏教の修行に入ったような生活を理想とします。また稽古は知識で覚えるのではなくて体を通して会得していくものですが、その方法は禅で座禅を組みながら修行を深めていく方法に大変よく似ています。茶の湯では、そうした禅の心を禅僧のあらわした墨跡を床に掛けることで表現しています。禅僧たちは、いわゆる臨済宗大徳寺派の僧が圧倒的に多く、茶の湯は大徳寺と深い縁を結んできました。また堺では、大徳寺派の寺院である南宗寺に著名な禅僧が来住し、初期の茶の湯者たちと深い交流を生みました。こうした大徳寺との関係の中で、三千家の墓所も大徳寺の聚光院にもうけられています。
茶の湯は禅宗のみならず、さまざまの宗教ともかかわりがあります。江戸時代の初期には、本阿弥光悦のような日蓮宗の茶人も活躍しています。また浄土宗や真宗なども茶の湯者を輩出しています。こうした宗教ばかりでなく、もっと広範な民間信仰とも茶の湯は無縁ではありません。
