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花所望

千宗旦 「茶杓絵讃」より
チヲハナレ ヤツノトシヨリ シナライテ
 ヤトセニナレト クラカリハヤミ

これは、おそらく「鸚鵡叫煎茶与茶元不識(鸚鵡、煎茶と叫ぶ。茶を与うるも元しらず)」(鸚鵡は人まねをして煎茶と叫ぶけれど、それが何物であるかを知らない)という禅語をもとにしたもので、「鸚鵡が貧者を呼ぶので、茶を点てて与えるが、飲むことはできない」ということになるでしょう。では、これは一体どういう意味なのでしょうか。
「貧者」は宗旦自身をさしていると思われます。そして、鸚鵡は「世間」をさしているのかもしれません。つまり、世間の人々は宗旦に茶を望みますが、宗旦が茶を点ててふるまっても、それをまともに飲むことができる人はいない。ある意味、世間とはそのようなものであるという、宗旦の皮肉めいた思いが込められているとも考えられます。
茶杓の讃と「鸚鵡…」の語がいかに関わるのかはわかりませんが、宗旦が茶の湯に求めたのは、そうしたことを超越した境地であることを示しているのではないでしょうか。

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