世界の喫茶文化

茶の湯の伝統

利休の茶の湯とその流れ

茶室と露地

形とふるまい

茶の湯の道具

茶の湯の楽しみ

静聴松風

茶人のことば

村田珠光「心の文」

武野紹鴎『山上宗二記』より

千利休『逢源斎書』より

千道安「茶の湯道歌」より

千宗旦「元伯宗旦文書」より

千宗旦「茶杓絵讃」より

江岑宗左「江岑宗左茶書」より

千少庵
   「少庵の事績 京都と会津」

随流斎『随流斎延紙ノ書』より

その1  その6  その11  

その2  その7  その12

その3  その8

その4  その9

その5  その10

内弟子「玄関」の一年

茶の湯の歳時

茶の湯の菓子

茶室への誘い

利休をたずねる

花所望

随流斎 「随流斎延紙ノ書」より その7
目利、数寄道具ハ別のさたなり、
利休居士は、それまでの茶の湯にはなかった新たな道具を取り入れました。長次郎につくらせた樂茶碗はその代表的なものといえるでしょう。黄瀬戸の立鼓(りゅうご)の花入は利休居士が道具屋の店先で見つけたもので、三千貫もの値打ちがある唐物の花入よりも面白いと語ったと伝えられます。
また利休居士が選んだ道具のなかには、もともと茶の湯の道具ではなかったものを「見立て」たものもあります。釣瓶(つるべ)の水指はその一つです。釣瓶は当時、井戸の水を汲み上げる時に用いる身近な生活用具でした。秋に収穫され、さまざまな大きさや形の容器として用いられた瓢(ふくべ)を切って花入にもしています。誰もが容易に手に入れることのできる竹で花入や茶杓も作りました。
利休居士は自らの眼で見て、わびの心にかなった道具を茶の湯に取り入れたのです。随流斎はこうした利休居士の眼差しに、目利の本質を見ていたのではないでしょうか。

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