世界の喫茶文化

茶の湯の伝統

利休の茶の湯とその流れ

茶室と露地

形とふるまい

茶の湯の道具

茶の湯の楽しみ

静聴松風

茶人のことば

茶の湯の歳時

茶の湯の菓子

茶室への誘い

利休をたずねる

これまでの連載文

花所望

表千家不審菴:利休をたずねる
表千家不審菴:利休屋敷跡(堺市)
利休屋敷跡(堺市)
千利休(堺の利休)
利休は大永2年(1522)、堺の納屋衆田中与兵衛の子として誕生しました。
天文4年、堺の念仏寺築地修理の寄進者の名の中に「今市町 与四郎殿 せん」とあり、14歳のこのころに堺の町衆として活動をはじめていたと思われます。
後に北向道陳に茶を学び、19歳のころ紹鴎に師事し、茶人として認められていきました。
また禅に傾倒したようで、20歳を過ぎたころ得度受戒し宗易の号を授かり、以後はこの宗易を名乗り、茶会記にその名が見られます。
Japanese Tea Culture 前ページ 次ページ

表千家不審菴:表千家不審菴のこと

表千家からのご案内表千家北山会館表千家不審菴:ご覧になられての感想表千家不審菴:お問い合わせ
表千家同門会のこと
Copyright© 2005 OMOTESENKE Fushin'an Foundation. All Rights Reserved.