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表千家不審菴:武野紹鴎像 大仙公園
武野紹鴎像 大仙公園
武野紹鴎 堺が経済的に豊かになり、文化教養として、また社交の方法として茶の湯が流行します。
堺の革屋の息であった紹鴎は、はじめ京都において三条西実隆から和歌を学びます。後に茶の湯を学び、和歌の教養を以って茶の湯「古今の名人」と呼ばれるようになります。
いわゆる「侘び茶」を深め、その心を定家の「見わたせば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の 秋の夕ぐれ」の歌に託したといわれます。
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