2_3_5.gif

茶の湯は16世紀に大きく発展した文化ですが、こんにちまで日本人の心をとらえてはなさないのは、その背景に、時代を超えた日本人の信仰やふるまい方に深く根ざしているからではないでしょうか。例えば、客が茶室に入る前には必ず手水で手と口を浄めます。あるいは、亭主は客が露地に入る前に必ず水を打ちます。この水は、日本の民間信仰が古くから伝えてきた浄めの象徴です。単なる衛生のためではなく、俗世の塵芥を洗い流す潔斎の水です。また露地を浄めて客を神のごとくにむかえるところに、古い日本人の民俗が生きています。茶室の入り口には小さなにじり口がきられています。にじり口をくぐりぬけるためには、武士は刀を捨てなければなりません。つまり、茶室のなかは皆平等であるということが、このにじり口に象徴されています。しかし、日本の民俗をながめると、この小さな入り口が、しばしば人間の生まれ変わる入り口として、まつりやあるいは神社仏閣にそなわっていることがあります。例えば、胎内くぐりといわれるような小さなトンネルをくぐりぬける信仰は、いわば、小さな入り口をくぐりぬけることで新しい生命力が得られるという信仰なのです。
茶会に参加した客たちは、同じ火でわかしたお湯で練りあげられた一碗の茶を
まわし飲みします。「同じ釜のめしを喰う」という言葉がありますが、同じ火で煮炊きしたものを共にすることで、人々の心はより強く結ばれます。かつて、お酒は一つの杯を一同の間で巡らせて飲むのが習慣でした。同じ杯に唇をつけるということが、やはり酒を通して人々を結びつける儀式であったわけですが、茶の湯では、それを酒ではなく濃茶のまわし飲みとして実現しています。つまり、こうした日本人の民俗や信仰が茶の湯のなかで生きていることが、茶の湯を時代を超えた日本の心として、こんにちのわれわれの大きな安らぎの源となっているように思われます。

文字サイズ調整 小 中 大
浄め きよめ
けがれを拭い去ること。
潔斎 けっさい
心身を清めること。
胎内くぐり たいないくぐり
六月祓(みなづきばらえ)の時におこなわれる「茅の輪くぐり」などがその一例である。
Japanese Tea Culture

前ページ     29     次ページ