?〜慶長3年(1598)。奈良の塗師。姓は土門、通称源三郎。天文2年(1533)に茶会記『松屋会記』を起筆し、このなかには利休の初期の茶会も記録されている。「松屋肩衝茶入」をはじめとする「松屋三名物」を所持し、なかでも「徐煕の鷺の絵」は、利休がわびの美を象徴するものとして高く評価した。久政のあとは、久好(?〜1633)、久重(1566〜1652)と続き、『松屋会記』も慶安3年(1650)まで書き継がれている。