こうした環境のもとで、宗旦は少庵の後ろ盾を失い、一人で千家を支えてゆかねばなりませんでしたが、懸命な努力によって、江岑宗左が表千家不審菴、仙叟宗室が裏千家今日庵、一翁宗守が武者小路千家官休庵の基礎を固め、いわゆる三千家が成立して、現在に至るまで利休の茶は守り伝えられています。
安土桃山という下剋上の時代のなかで利休が茶の湯を大成し、江戸時代の前期、徳川幕府が幕藩体制の基盤を固める時代に、元伯宗旦は子供たちに茶の家を築かせました。
少庵は千家二代として、千家の再興をはたし、利休の茶を宗旦に伝えるという大きな役割を担いました。こうした少庵の事績は、三千家成立への確かな道を築いたのです。
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