世界の喫茶文化

茶の湯の伝統

利休の茶の湯とその流れ

茶室と露地

形とふるまい

茶の湯の道具

茶の湯の楽しみ

静聴松風

茶人のことば

了々斎『勤書』より

  その一

  その二

  その三

  その四

茶人のことばと人となり

これまでの掲載文

表千家の茶事

内弟子「玄関」の一年

茶の湯の歳時

茶の湯の菓子

茶室への誘い

利休をたずねる

花所望

了々斎『勤書』より
私宅へ御立寄被遊(私宅へ御立寄り遊ばされ)
『勤書』
  『勤書』
文政5年(1822)4月13日、了々斎は徳川治宝公の家元への御成りを迎えました。『勤書』によれば、この年の3月10日、江戸の御用人から京都の了々斎に手紙が届き、治宝公が江戸の参勤を終えて和歌山へ帰る途中、家元に御成りになり、側室の「おさえ」と「おかや」も同行するという通達でした。
了々斎はすぐにお受けする旨の返事を出し、親族、高弟、職家方と力を合わせ、入念に準備を進めました。前日には手伝いの人たちが家元近くのお寺に泊まったといいます。
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