 |
 |
菖蒲饅 |
菓子をお出しになるとき、そしてお客様が召し上がるときに凝らされている趣向には、ご亭主のお心が伺えますが、そこには、我々が大切にしている心とも通じるものがあるのです。
私どもは、「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」ということを常に考え、作り手は、美しく仕上げるだけでなく、菓子に思いを込めてお作りしているつもりです。
初夏に店頭に並ぶ『菖蒲饅(あやめまん)』という饅頭があります。表面にあやめの花の焼印を押し、葉が伸びる姿そのままに、一葉ずつ筆で描き上げるのですが、この時大切なのは、地面から空に向かい勢いよく伸びている本物の葉と同様に、菓子に描く時にも下から上へ筆を運ぶということなのです。実際のところ、上から下へ、あるいは下から上へ筆を動かして描いても、どちらも見た目にその差は分からないかも知れません。しかし、お客様に初夏の爽やかさ、あやめの伸びやかさを感じて頂くには、下から上へと筆を運ばなくてはなりません。そのようなところに思いを馳せて作ることで、菓子が生き生きと表現できると考えているのですが、それがただ菓子を作るだけではない、私どもに欠かせない心意気というものであり、まさにご亭主がお客様をお迎えになるときに一つひとつに掛けられるお心と共通しているのではないかと思う所以です。
このような心意気が例え分かって頂けなかったとしても、そこまで気を配っていること自体が大切であり、作り手の喜びのひとつなのです。
一切を整え、一服のおいしいお茶を点てられるご亭主。そのおもてなしのひとつにお選び頂いた菓子を、これからも心を込めてお作りして参りたいと思っています。
|