表千家不審菴：静聴松風：一碗の茶に感謝をこめて［中野幸彦氏］

去る年の正月、表千家の初釜に招かれた。
夕刻の席であった。初釜とあって、主客共に心は華やいでいたが、而妙斎宗匠の點てる濃茶の席では誰ひとりの話し声も聞かれず、勿論宗匠は畏り、一心に濃茶を練られる。客人の眼は濃茶を練る宗匠の手の動き一点に集中していた。
茶席は夕刻のこととてそこここに燭台が据えられ、やわらかい蝋燭の灯りが辺りを包む。偶々近くの寺の鐘の音が静かな茶席にも届くなかに、やがて宗匠の心づくしの濃茶の碗が順に廻されて来る。
こんな恵まれた佇まいの中で、深緑の濃茶を一服戴く、得も云われぬ至福の一刻である。
亭主である宗匠への感謝の心で押し戴くことは当然のことながら、茶道の作法のひとつではあるが、それ以外に感謝の心はもっともっと深い意味がありはしないだろうか。
このことはいろんな茶席に招かれて呈茶をいただくたびに考えさせられることである。

今回はこのことについて、茶道に携わり、一服の茶を楽しんでおられる皆さんと、共に考えてみたいと思う。