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そんなこんなと自らの能の事、祖母のこと、そして生真面目過ぎて融通のきかない人と逆らってばかりいた父のことなどを思い出していると、湯の沸き立ち、お釜を静かに鳴らす音が耳に入ってきました。松籟とはこのことかなと思い、「雨月」という父の得意としていた曲が頭に浮かびました。 風雅を愛する老夫婦がやさしく可愛らしく争っています。姥(うば)は破れた軒からのぞく月を愛し、祖父(おほじ)は趣のある秋の村雨の音を聞きたいと言い、軒を葺く葺かないと言いつのっているのです。そこへ突然の村雨。いざ軒を葺こうと外へ出る祖父ですが、月は煌々と住吉の松影にかかったままです。不思議に思う夫婦にその訳はやがて知れます。住吉の岸打つ波の音と松葉をやさしく吹き鳴らす音が二人に思わぬ贈り物をしたのでした。
この松風颯々としての風の音を囃子として、老人の稚気というのか、静かな喜びの舞を舞うのが、どうも父は楽しかったのだろうなあ、と思います。子供の頃に習ったお遊戯「結んで開いて手を打って結んで…。」 私もいつかそんなお遊戯みたいな能を演じてみたいと思いを巡らせている内に、至福の時は静かに流れてゆきました。
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